人生の一曲

年初の記事で紹介した、メンデルスゾーンの「前奏曲とフーガ Op.35-1」にずっと取り組んでいる。

あの後先生に、この曲を今年1年かけて仕上げたいと相談し、年間のコンクール等のスケジュールも立てて練習を進めている。
最初の本番は6月中旬、仕上がりは度外視して、人前で弾くことに慣れるのが目的だ。

タイトル通り、この曲は即興的要素を持つ「前奏曲」と、曲の本体(?)と言うべき「フーガ」の2曲で構成されている。
ピアノを弾く人にとって、前奏曲とフーガと言えば、J.S.バッハの「平均律クラヴィーア曲集」が身近かもしれないが、メンデルスゾーンはバッハの復興に人生をささげた作曲家であり、「マタイ受難曲」の初演や、この前奏曲とフーガなど、バッハに敬意をもつ音楽活動を続けていた。

「前奏曲とフーガ」は、Op.35の中に6つの作品があり、今回私が弾いている第1番e-mollはもっとも有名な作品らしい。
「らしい」と書いたのは、このOp.35自体がそもそもあまり有名ではなさそうで、曲の成り立ちや背景を調べるのにもほとんど情報を得られなかったのだ。
演奏動画はいくつかあるが、曲の全体像にアプローチしている人が少なく、綺麗な曲なのになあと寂しい気持ちで譜読みを進めた。

前奏曲の流麗なアルペジオや、三声の中声部でメロディを取る形式も弾いていて新鮮な気持ちになるが、やはりフーガの構成が私の好みだった。
過去記事で書いた通り高校生のころ少し楽譜を読んだ経緯があり、このフーガは自分の好みだと知っていたのだが、楽器を触りながら譜読みを進めると、ますます没入していくのが分かった。
ストレッタがない厳格な四声のフーガで曲が始まり、いったん終止したあとは主題とそのモチーフが次々に現れ、Andanteから最終的にはAllegro con fuocoまで畳みかけるようにaccelerandoしていく。
加速に伴ってcrescendoも進み、軽いコラールを経てAndanteに収束する。最後は穏やかなE-Durだ。

この曲を3週間ほどで譜読みしたとき、先生から

「こんな大変な曲をよく短期間で!」

と驚かれたのはちょっとした自慢だ。
自分がとても好きになった曲というのもあるが、技術的な難易度はさておき、自分にとってとても読みやすい譜面だったというのはある。
まあ本当に、とんでもなく難しい曲なのだが、練習の苦労をまったく感じないのだ。手を傷めてなければ何時間でも弾くだろう。

子どものころ、リストの「ため息」を聴いた時「これが私の人生の一曲だ」と思った。
少し成長して、ベートーヴェンの「ワルトシュタイン」を弾いた時「死ぬまでこの曲を弾くだろう」と思った。
今、Op.35-1を弾いていて気が付いたが、私は17歳のころから30年もこの曲に憧れて、ずっと聴いていた。

この曲が私にとって「人生の一曲」なのかも知れない。

もっと有名曲、派手な曲がそうなると思っていた。
ショパンのバラード1番、アンスピ、リストのダンテ…大きくて派手で、好きな曲はたくさんあるが、30年聴き続けて憧れた曲はほかにない。

子どもの頃の恩師に、この曲に今年取り組んでいて自分にとって特別な曲になりそうだと伝えたら

「あなたらしいね、そういう曲が好きだと思っていた。この曲には隠れたドラマがある」

と言われた。
天邪鬼なので有名曲にいかないというのもあるが、自分だけが良さを感じる「とっておき」にやっと巡り合えたことはとてもうれしい。

シェアする